“栃本” という埼玉のチベット
このところ奥秩父の見聞がちょっとしたマイブームなのだが、自ら 「埼玉のチベット」 と名づけた栃本という山上集落に出かけてみた。
今でこそ雁坂峠を抜けて甲州(山梨県)に続く “彩甲斐街道” ができて交通がグンと開けたが、その昔は奥秩父は信州へと続く山道がメインルートであったようである。 その途中に、地図ではなかなか発見しにくい場所なのだが、秩父湖と滝沢ダムのふたつの谷に挟まれた山の上に “栃本” という関所で栄えた集落がある。
古い歴史を遡れば、甲州の武田が統治や軍事の目的で関所を設け、江戸時代には関東への入り鉄砲と出女を取り締まる関所として栄えた。つまり農家が日当たりの良い山上に村落を求めたのではなく、急峻なV字谷の上に街道が通ったのが始まりなのだ。 ちなみに今も残るこの関所跡は国指定史跡である。
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20~30ほどの急斜面にへばりついた農家は、群馬南部の山村と似たように石垣のうえにこんにゃくや果樹、蕎麦やネギなどを栽培している。 そして民宿が数軒ある様子をみると、昭和になってからは深くて大きな谷の奥に大きく鎮座する甲武信岳への観光と登山拠点だったのであろうか。 そんな理由から “埼玉のチベット” などと比喩してみたりしたのである。
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なんの違和感もなく街道に立っていた懐かしき赤ポストが、こんなに鮮やかでイキイキして映える集落ってないですもんね^^
埼玉県民としてこんな日本の原風景のような場所があることをちょっとだけ誇りに思う^^
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by mm_500 | 2009-08-06 23:32 | アウトドア
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